波乱に満ちた世界一周の旅、途中幾度となくギブアップしそうになりましたが何とか踏ん張って、ついに当初予定のスケジュールをすべて完遂して、いよいよゴール地点およびスタート地点の東京へ向けて最後のフライトです。
でもこの時の気持ちとしては、すでに旅はドーハで終わっていたのも同じで、香港から後はほとんど空虚感の中にいたように思います。
香港空港発のフライトは10:00、3時間前の7時ころには空港に到着していたくて6時前にはホテルを出たかったのですが、フロントに聞くとMTRの始発が6時以降だとか。デモの影響で一部運休している区間もあったし、その絡みかどうかわかりませんが、途中青衣で乗り換えることを考えると列車での移動は不安でした。エアーポートエクスプレスの往復チケットを買っていましたが、没にしてタクシーにしました。
キャセイパシフィックのラウンジは楽しみにしていたことの一つでしたが、その前のドーハがあまりにもすごかったので少し感動がなくなっていました。先にバンクーバーからニューヨークに移動するときに一度キャセイラウンジを利用していることもワクワク感を消耗させていたのでしょう。でも、ヌードルバーの内容も、バンクーバー空港のものより内容がよかったような気もしました。
ここまでいろいろ普段味わえないVIP体験を重ねてくると、欲がなくなってくるというか、そんな感じでしたね。
ラウンジの様子も、ビジネスクラス機内の様子もほとんどバンクーバー・ニューヨーク線と同じでした。
5時間50分も搭乗していたのに、機内食のこの一枚だけしか写真がありませんでした。疲れと安心感で眠りこけていたのでしょう。
定刻の16:50に成田に着き、じじだけがスーツケースを宅配で自宅に送り、そのままアクセス特急で羽田空港近くのホテルへ向かいました。
翌日私だけが熊本に帰ることにしてましたので、空港送迎がある「変なホテル・東京・羽田」を予約してました。
疲れた体をロボットが迎えてくれましたが、最初こそ戸惑ったものの、余計な気遣いがいらず、設備もよくて、ゆっくり寝るだけのビジネスホテルとしては十分でした。ちょうどキャンペーン中だったこともあり、朝食付きでお得に予約できて、朝食もそれなりにメニューが選べ、コストパフォーマンスはよかったです。
しかし、一人○○円の料金設定の日本は一部屋○○円設定の諸外国と比べると、宿泊代はかなり高額と感じました。設備や清潔感は日本が最高ですけどね。
「変なホテル・東京・羽田 には機会があればまた泊まりたいです。
翌11月22日、朝食を終えたころ長男から、施設に入居中の義母の様態が悪くなったと連絡があった。救急車を手配するのですぐ来るように、と施設から連絡があったとのこと。金曜日、長男は仕事があったがすぐ行ってくれた。
私は15:10発のANA便を予約していたがとりあえずすぐ荷物をまとめ空港に向かった。
ユナイテッド航空のマイルを使っての特典航空券の予約だったが、受付で事情を説明して変更を申し出ると、変更可だった。直近の11:50発に変更してもらった。
長男に搭乗便名を連絡していたら、空港に迎えに来てくれて、そのまま病院へ直行。救急病棟までスーツケースを持ってだったので少し気が引けたが仕方なかった。長男からバトンタッチしたあと長男は仕事に戻った。
酸素マスクや、検査機器をたくさん体につけて横たわっていた義母に、過去に何度もしたように必死に声掛けをした。これまでも何回かこんな危機状態があった。医師からは何があっても不思議はないといわれたが、覚悟しながらも声掛けをして励まし続けた。すると今回も翌日からみるみる容態が回復して行って、数日すると退院できるほど元気を取り戻した。
たぶん私が1か月も顔を見せなかったことから寂しくて、本能的に容態が悪くなったのではないかと思った。
そしてそれが旅行中でなく、帰国してからというのも、気になるところだった。
それから毎日病院に行って母に語り掛けていたら、10日間で退院でき、また施設に戻ることができた。
旅行中の出来事だったら、どうだっただろうと、今考えてもぞっとする。
これも運だったのかもしれない。とりあえず、取り返しの付かないことにならないでよかった。
その後の母は、小さな様態の変化があってやきもきすることもあるが、それも95歳の年相応かな?と思いながら見守っている。
もう長期にわたる旅行は、無理かもしれない。
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